異音

小説書いていきます。

僕の奇妙日記 溶解学級

八月十七日。晴天。
今日は最高気温三十五度を上回る真夏日だ。同じ制服を着た人間が何人も汗を垂らし、まるでゾンビの様にふらふらと歩きながら登校している。僕もその一人だ。教室に設置されているクーラーの冷気で癒されることを思いながら、一秒でも早く教室に入ろうと歩いている。
学校に到着し、自分のクラスへと続く廊下を歩いていると、どこの教室もドアや窓を開けているのに違和感を憶えた。ドアや窓を開けていてはクーラーの冷気が逃げてしまうではないか。自分のクラスの教室も同じ状態だった。皆は何を考えているのかとドアを閉めようとした瞬間、入口付近で話していた女子達の会話が聞こえてきて状況を把握した。全教室のクーラーを操作する機会が壊れてしまっているらしい。つまり、クーラーが使えないのだ。この真夏日にクーラー無しでどうやって過ごせと言うのだろう。死人が出るのではないだろうか。
HRの時間になると、担任が汗だくで息を切らしながら扇風機を二台抱えて教室に顔を出した。うちの担任は小太りで髭面の少し不潔な印象を抱かせる中年男性なのだが、汗で不潔さが増している。ただでさえ暑さで具合が悪くなりつつあるのに、こんな汚いものを見せられては堪らない。担任の話だと使えないクーラーを扇風機で代用するという。‥‥代用になるのだろうか。
休憩時間に入り、扇風機の近くで涼もうとクラスメイト達が群がっている。そんなに集まると逆に暑いだろうと思いながら俺は遠目で見ていた。
一限目が始まると、クラスメイトが二〜三人足りないことに気付いた。先生が尋ねる様子もないので、きっと熱中症か何かで気分が悪くなった奴とそいつの付き添いで何人か抜けているのだろうと解釈しておく。
クラスメイトだけでなく、教師までもが授業に集中できていない。まあ、この暑さでは仕方のないことだ。担任が持ってきた扇風機の風は教室の温かい空気と混ざり温風となっていた。僕もさっきから何度も何度も汗を拭い、授業なんて全く聞いていない。暑さでぼーっとしながらも教室内を眺めていると、空席がいくつか増えているように感じた。気の所為かと思ったが、改めて見てもやっぱり空席が多い。クラスメイトが減っているのだ。いつの間に‥‥。
クラスメイトが減っていることに気付いてから数分が過ぎた。何故か前の席に座っていた女子が縮んでいるように感じる。いや、違う。後ろで一つに縛っている彼女の髪や首、制服が液体に変化し、下の方へ流れているのだ。周りを見渡すと、クラスメイト全員が彼女と同じ様に溶けているのがわかった。勿論、教師も同様だ。そして、僕も例外ではなかった。

気が付くと教室の自分の席に普通に座っていた。クラスメイトは誰一人おらず、外は薄暗くなっており、下校を促す放送が流れている。日中の暑さが嘘のように、とても涼しく過ごしやすい気温となっていた。一限目から放課後までの記憶が全くない。最後に覚えているのは溶け出した自分の手だったことを思い出し、慌てて確認する。大丈夫だ。見た目も感触も元の自分の手に戻っている。僕は一つ溜め息を吐き、鞄を持って教室を出た。
これは僕の夢の中の話などではない。僕は物心付いたときから、今日の様に身の周りで奇妙なことがよく起きていたのだ。幼い頃はそれが普通だと思っていたが、周りの友達や家族に話すと怪訝な顔をされたので、普通でないことはすぐにわかった。周りに話すと人が遠ざかっていくこともわかった。だから、僕は今日も誰にも話さずに自己完結する。
「まあ、あれだけ暑けりゃ人が溶けてもしょうがねえ」
涼しくなった風に癒されながら冗談混じりにそう呟いた。